序章-あの日の名もない月-


【視点:フェンリル】

 客の居なくなった店内を見てふぅ、と息を着く。ルルリカの営業もそろそろ終いだ。外を見ると月が空高く輝いている。

綺麗だと思った。黄金に輝くそれは確かに神様でも住んでいそうだ。そんな考えを持ってしまうなんて馬鹿らしい。

 

静かな店内で先程から騒がしく雑音を響かせているのはニュース報道をするテレビだ。いまさっき買い物へ行ったマスターが消し忘れたのだろう。

 

「またもやヴァリスによる犯行です。被害者は20代女性。仕事帰りを襲われ_______

 

またヴァリスによる被害者が出たらしい。...運が無かったな。可哀想だとは思わなかった。ヴァリスとてそうしなければならない理由がある。

ただ獲物を殺してしまう、というのは少しやりすぎではないか、なんて思ってしまったり。

考え事をしながらぼーっとテレビをみているとからん、と店の入口のドアにつけてあるベルが扉の開閉と共に鳴る。

 

「遅い時間にすまないね。今から頼めるかな」

 

客だ。恐らくそれは華翠であろう軍服を着た男。あまり...見ない顔だ。俺が覚えていないだけか。

 

「あの...すいません。今日はもう閉店なんです。マスターも今運悪く外に出ていて...

 

男はそうか、と少し落胆した様子を見せると「また今度にするよ」と俺に微笑んだ。

月の髪飾りがきらりと光の余韻を残しその男は店を後にした。人間はどいつもこいつも月を信仰しやがって。馬鹿らしい。

馬鹿らしいのに。...ダメだダメだ。早く店の片付けをしなければ。予定ではもうじきあいつらが来る約束だ。

しばらく作業をしていると今度はベルの音とともに扉が開くとその扉をトントンと数回ノックする音が響く。

 

そちらを振り向きいつも通りのきまりゼリフを口にする。

 

 

「いらっしゃいませ。本日はどうなさいますか」

 

 そいつは少し間を置いて答える。

「月光のコーヒーを1つ」

今日も夜が始まる。

 


シナリオ▶︎小林キラ

スチル▶︎小林キラ