月灯祭当日。

 

それは17:00過ぎのことである。

 

真っ赤なお月様が顔をみせはじめるのはあと1時間ほどだろうか。

 

祭りの賑やかさと子供の笑い声が響くはずだった街では、悲鳴と爆発音が響いていた__。

 

【夕刻-一等地-】

 

ルアとラブは小高い丘にある広場から街の景色を眺めていた。

 

「狂想曲を奏でるにはいい日だね」

 

ルアは優しく微笑んだ。雪のように透き通ったその白い肌と薄く色付いた唇が弧を描く。その広場では街の隅々までを見渡すことができる。

 

「たくさんの、声、音、その全てがこの曲を作り上げるんだ」

 

街の至る所で、数日前華翠本部で起こった物と同じ爆破音が響き、人々の恐怖心を製造する。

人々は安全を求め、走り、嘆き、助けを求める。

 

「アルと2人で爆弾をセットしたけど、ほんとに大変だったな〜、アルってばすぐ気がちっちゃうんだから」

 

ラブは「そろそろかな」と耳栓を外す。これだけの爆破音は、聴力が異常発達するラブの月のカケラの脳力を使うには少々大きすぎる。おおかた爆破が済んだタイミングを見計らい、耳栓を外したのだ。

 

聞こえる。様々な、音、音、音。

 

「どうだい?ラブ。近くの様子は聞き取れるかな?」

 

ラブは目を瞑り、集中する。その間、およそ水の雫がぽちゃんと落ちるくらいの、ほんの少しの静粛。

 

 

「えぇ、もちろん」

「17時の方向に2人」

 

銃声が続けて2度鳴る。おそらく帝国軍の兵士だろうか。身を潜め2人を狙っていたようだが、ラブの前では心臓の音でさえ命取りだ。

 

「おみごと。ラブは外さないから頼りになるな」

 

「これくらい、朝飯前だよ、ルアさん」

 

ニッコリと微笑むルアと少し照れくさそうなラブ。2人を夕刻の金色が照らしていた。

 

これがなんともない日の2人であれば良かったのに。一等地に住む人は大方逃げたのか、人気を感じない。

 

キィィン!

 

瞬間、ルアを後ろから何者かが大鎌で攻撃する。

だが、ルアの銃弾も弾く番傘がその攻撃を防御した。

 

「まったく危ないな...」

 

いつもの優しい笑顔で敵を見るつもりだったルアは少し驚きの表情に変わった。

目の前には、大鎌を構えたロベリアの姿があった。

 

 

「な、なんで、」

「...久しぶり、ロベリア」

 

顔を合わせたルアとロベリアは、どうやら旧知の仲らしくロベリアは目を見開き言葉を探していた。本来であれば、感動の再開になるはずだっただろう。

 

「る、ルアくん、どうして、ここに...?」

 

「困った子だねロベリア。リルに助けて貰った命、もっと大切にしなきゃいけないよ」

 

言葉を探すロベリアと変わってルアはやけに落ち着いていた。ラブがロベリアへと向けていた銃口を下ろさせ、また淡々と話す。

 

「君を殺したくはないんだよ。俺たち、幼馴染じゃないか。君だってわかってくれるだろう?」

 

子犬のような顔でルアは尋ねる。

 

「わ、私は、悪い、ヴァリスを、倒すために、華翠に入ったの、な、なのに、ルアくんが...ど、どうして」

 

「ロベリア!大丈夫か!」

 

 ひどく動揺するロベリアの元へ、大剣を携えたアシェルが駆けつける。

 

どうやらまだロベリアは現状を上手く把握出来ていないようで、震える手で大鎌をぎゅっと握りしめている。

 

「困ったなぁ、これじゃあ俺たち悪者みたいじゃないか」

 

ルアは自身の番傘をさしながら、ラブへと目配せをする。

ラブはその合図とともに銃口をアシェルへと向けた。

 

「何を言っているんだ?お前らADELAのせいでどれだけの仲間が、市民が、巻き込まれたと思っているんだ...!!」

 

アシェルはロベリアの前に立ち、わなわなと怒りで拳をふるわせていた。

それもそのはず、今日の爆破だけで市民の被害は0ではないことは確実であって、アレクセーエフの件もあるからだ。

 

アレクセーエフがよく言っていた言葉が耳でこだまする。「強く美しく靱やかに、されど謙虚に慎ましく」こんなにも彼女の生き様を表す言葉があるだろうか。その声を忘れてしまわないように、再度ぐっと拳に力をいれる。

 

「つまらないね」

 

ルアの突拍子もない一言にアシェルは怒りを通りこし、疑惑の表情を浮かべた。

 

「君の言うことは全てがつまらないね。すべて俺たちのせい?ADELAの、ヴァリスのせい?人間に奴隷にされたヴァリスも、君たち華翠に殺された仲間も。これも俺たちのせいなのかな?」

 

「俺はそうとは思わないね。君たちは牛や豚を食べるじゃないか。俺たちがしていることもそれと変わらないんだよ」

 

ルアはにこりと微笑む。

 

「人間はやはり飼い慣らされるべきだ。俺たちヴァリスにね。今日はその歴史的1ページを飾るには相応しい日だと思わないかい?ヴァリスのための世界、その始曲を今日、奏でるんだ」

 

喉を鳴らすようにくつくつと笑う。ルアはまるで辞書の1ページを音読しているかのように、迷いなく言葉を連ねる。

 

「邪魔するなら殺す。君たちだってニーナを殺したじゃないか。俺は同胞の亡骸も拾えなかったことが悔しくて堪らないよ」

 

「だからね」と呟くとルアは番傘から仕込刀を抜いた。

 

「君は邪魔だから消えてもらおうか」

 

ルアの刀が、ラブの銃口が、アシェルに向かって飛んでいく、その寸前。

 

『ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン』

 

18:00を告げる教会の鐘が鳴り響いた。

 

空を見れば、先程までは無かったはずの赤い月が満面の笑みでこちらを覗いていた。

 

まん丸いその月は、血を吸ったように赤く、国全体を深紅に染め上げた。

 

その場にいた者、皆がその大きな鐘の音に気を取られていただろう。1人を覗いては。

 

「や、やぁ、お、おかしい、だめ、アシェルくん、逃げてっ......!」

 

それはアシェルの後ろでずっと言葉を探していたはずのロベリア。ガタガタと全身が震えている。

 

「?ロベリア、どうしたの?身体が、」

 

「やめて!!!」

 

アシェルがロベリアの手に触れた瞬間、ロベリアの手がまるで操られているかのように動き、アシェルの左手の指を1本折り曲げた。

 

「っっっ!?」

 

鈍い音が響く。おそらくその指は折れたに違いない。見るからに普通ではないその様子にルアとラブも目を離せずにいた。

 

「だ、だめなの、お月様がでてから、身体が、言う事をきかないのっ...!あつくて、力の制御ができない...!」

 

ロベリアは必死に説明をするが、その身体は大鎌をアシェルや、周りの建物へ振りかざそうと、力いっぱい握りしめている。

 

「お、お願い、あ、アシェルくんを、攻撃しないで...!」

 

言うことを聞かない身体に言い聞かせるも、動きが止むことはなく、その攻撃がアシェル目掛け振り落とされた。

 

ギィィン!

 

アシェルの大剣とロベリアの大鎌がぶつかる鈍い音が響く。

 

「うーん、おそらくだけど、オーバーヒートに近いね」

 

さっと距離を取り、遠くから一連の流れをみていたルアは呟く。

 

「オーバーヒートって...リルが言っていた、あの薬のせいってこと?」

「おそらく、の話だけどね。けど困ったなぁ、俺、ロベリアを見殺しにはしたくないよ」

「...じゃあどうします?あのままじゃロベリアちゃん、あの男を殺しちゃうかも?」

 

ルアはうーんと考えると「しばらく様子を見よう」と言い放った。

 

「俺たちだって他人事じゃないかもしれない。様子を見て、危なくなったら俺がロベリアを止めるよ。それに、面白いじゃないか」

 

ルアのその言葉に言いたいことがあるのか、少し口ごもったあと、「...わかりました」とラブは小さく呟いた。

 

【月の刻-一等地住宅街-】

 

【視点:アシェル】

 

走る。整備された街並みをただひたすら走る。

 

後ろからは破壊を続けるロベリアが俺を追ってくる。

 

大鎌を振りかざしては地面や街並みを破壊するその姿はいつもの優しいロベリアからは想像できないもので、軽く恐怖を覚えた。

 

月のカケラ。

 

身体や武器に嵌め込むことで人間を凌駕した力を手に入れることができる。

 

月の恩恵とも言われているそれのせいで、バディであるロベリアがこんなことになっているというのであれば、俺は神様なんて大嫌いだ。

 

ギィィン!

 

再び、ロベリアの大鎌と俺の大剣が交わる。

 

俺も月のカケラの能力を使ってロベリアの大鎌に重力負荷をかけているのに、オーバーヒートしたロベリアの能力では俺の重力負荷など何の効果もないようで、操られたように破壊行動を繰り返している。

 

何か、何か方法ないのか。

 

大事なバディを救いたいのに何もできず逃げるだけの自分が悔しい。

 

「…っう、いやだ、ぐすっ……もうやめて……」

 

自由の効かない体をそれでも制御しようと必死なロベリアの姿が嫌でも目に入る。泣き続け、目の周りは真っ赤に腫れている。破壊行動で壊れた家屋の瓦礫などでついた体の傷も目立つ。

 

「っくそ!!おい、お前!!!お前だ、ADELAの白髪!お前、ロベリアの幼馴染なんだろ!?可哀想だと思わないのか!!」

 

先ほどから一定の距離を保ちこちらの様子を伺っているあいつらが気に食わない。幼馴染なんだろ!?幼馴染がこんなに苦しんでるっていうのに、ただ見てるだけなんて、どう見たって狂ってる。

 

とわれたルアは少し距離の離れた家屋の屋根からゆったりと答えた。

 

「?危なくなったら止めるよ?もちろん。ただ君を助ける義理はないからね。ロベリアの怪我は可哀想だけど、最悪リルに治してもらえるしね」

 

当たり前、といった表情で答える白髪に腹の底からの不快感のを感じた。

 

人間じゃない。

 

あいつらは正真正銘の人外だ。

 

人間なんかじゃない。

 

父さんと同じ、人間じゃないんだ。

 

昔から家のことはほったらかしな父さんのことを人間の心がないだとか思ったことがあるが、こいつらはそれを大きく上回ってる。正気じゃない。

 

...華翠に入ってから父さんとちゃんと話してなかったな...。

 

これが終わったら、明日にでも、もう一度、ちゃんと、家族と話そう。

 

同じ人間同士なのだから、家族なのだから、心は通じあっている。

 

ギィィン!

 

再び、ロベリアの大鎌とぶつかり合う。もうあの大鎌は随分と重くなっているはず。オーバーヒートしているとはいえ、ロベリアの体には大きな負担がかかってるはずだから、あんまり鎌に負荷はかけたくない。

 

かけたくないのに。

 

ロベリアの大鎌がまた大きく一振り。

 

どくり。

 

「危ない!!!!」

 

どくり。

 

父さん、俺。

 

【月の刻-一等地住宅街-】

 

爆発でほぼ半壊した家屋の鉄柱や瓦礫が、ロベリアめがけ落ちてきた。ロベリアが行った破壊行動がトドメを指したのだろう。

 

コンマ数秒。

 

ロベリアから逃げる姿勢をとっていたアシェルはそれを目視する。

 

「危ない!!!!」

 

ぐちゃり。

 

落ちてきた鉄柱からロベリアを庇ったアシェルの下半身を鉄柱がべしゃりと潰した。

人間の体の脆さを体感する。つい先程まで、強く美しく靱やかに動いていたはずのその体は、いとも簡単にその面影をなくした。

 

「い、いや、いやああああああああああ!!!!!!!」

 

アシェルにどんっと押され、地面へ大きく倒れたロベリアは、目の前の事実に目を見開いた。と、同時にがたり、と手から大鎌が落ちる。

 

ロベリアの目の前に横たわるアシェルの体はその3分の2が瓦礫に埋もれ、見るのも辛い状態だ。

 

突如としてロベリアを襲ったその恐怖、哀惜の感情が、オーバーヒートした体を抑制した。

 

「あぁ、いや、アシェルくん、いや、」

 

震えるからだでアシェルへ近づく。

 

ぴくり。

 

うつ伏せだったアシェルの顔が起き上がり口元が、僅かに動いた。

 

 

「きみの、せいじゃない」

 

瞑ったままの瞳が開くことはなく、わずかに動いたその口も、重く閉ざされたまま、開くことはなくなったのだった。

 

 

 

 

アシェルの月のカケラが砕けた。

【月の刻-一等地住宅街-】

 

アシェルの月のカケラが砕けてからしばらくたったがロベリアはアシェルの亡骸の前で動けずにいた。

 

「いっ、いや、アシェルくん、お願い、生きてるよね、声をきかせて、お願い、お願い」

 

軽くパニックを起こしているのかロベリアは同じ言葉を繰り返しながら、ぽろぽろと涙を零し続けた。

 

それまでの一連の流れを遠くから眺めていたルアが、静かにロベリアの元へ降り立ち、耳元でそっと囁く。

 

「ロベリア、落ち着くんだ。いい子だね。1度眠ればいい。いい子だね、ロベリア」

ルアのその声を聞いたロベリアは精神を支配され、そして、永遠とも思える暗闇へと誘われ瞳を閉じた。

 

ルアはぐたりと動かなくなったロベリアをお姫様抱っこすると安全な所まで運んだ。

 

泣き腫れたロベリアの頬を優しく触り、またいつもの柔らかい笑顔を作った。

 

「君には死んで欲しくないんだ」

 

立ち上がったルアは番傘を開くと優しい口調で促した。

 

「行こう、ラブ」

 

ラブはぐったりと眠るロベリアをみて唇をぎゅっと結んだ。

 

「どうしたんだい?」

「いえ、大丈夫です。直ちに」

 

ゆったりと歩くルアの後ろをラブは追いかけた。

 

ルアの隣にラブが並ぶ。肩を並べた2人を赤い月が照らした。

 

その2人が歩く道の横には手紙の配送途中だったであろう残骸が散らばっていた。

 

そのうちの1通の手紙の送り主の名前は、アシェル・リーン・ロックハートと書かれていたことは、お月様だけが知っている。


シナリオ▶︎小林キラ

スチル▶︎ふろ/Rosa/うぐいす/えんふぃ