【月の刻-教会周辺-】
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
教会の18:00を告げる鐘が、頭上で鳴り響く。
耳を塞ぎたくなるくらい大きなその音は、嫌という程真っ赤な満月を象徴している。
不安そうな顔のフレイの肩にセツキはぽんと手を乗せた。
「僕は信じない。みんなで、明日を迎えるんだ」
その言葉を聞いたフレイはまた泣きそうな顔で「もちろん」と返した。
「ん〜、教会周辺には、あんまり居なさそうじゃない?」
そう話すのは双眼鏡を手にするアルフレードだ。3人がいるのは教会のすぐ隣にある少し高い建物の上。
逃げ遅れた人やヴァリスを探しているようだが、どうやらあまりみつけられていないようだ。
遠くで、家屋が崩れる音がする。
「一等地の方だね、もしかしてもうここには誰も居ないのかも」
フレイも双眼鏡を手にし、覗き込む。
刹那、「伏せて!!!」とアルフレードの声が響く。アルフレードの隣にいたフレイは、頭をがしりと捕まれ強制的に伏せられた。
3人の頭上を小型の爆弾が通り過ぎ、後方の建物にぶつかり爆発した。
「っ....ぶなかった....!!」
フレイとセツキはお互い顔を見合わせて、命があることにほっと胸をなで下ろした。
爆弾が飛んできた方をみるが、そこに人影はなく、建物の隙間を風が通り抜けるだけだった。
その風に乗せて「何やってんだよ下手くそ!運動音痴か!」「打つのは得意だ、投げるのは...専門外だっただけだ。次は当てる」「ばっか!次はわたしに任せろって!」と男女の小競り合いが聴こえてくる。
家屋が不均等に並ぶこのエリアでその姿を目視することは出来ないが、敵が潜んでいることは間違いなかった。
「なめやがって...!」
セツキはガシャッと銃を構え、アルフレードとフレイは下へ降りた。
「お前あっちに行け、作戦通りにしろ!」「すまない、ぼやっとしていた」「ぼやっとすんな!」「で、次はなんだった」「次は____」
またも男女の小競り合いがはっきりと聴こえる。
アルフレードは少し眉をひそめたあと、「二手に別れよう」と提案した。
「オレの歌声が2人に聞こえちゃうと困るしね。敵は2人。セツキもいることだし、そこは心配無いんじゃないかな」
「はい、わかりました」と返事をすると、フレイは当たりをキョロキョロと見回す。
右からは「お前はそっちな!」と女性の声。左からは「もちろん、作戦通りに」と男性の声。
フレイはこの男性の声に妙に聞き覚えがあった。
「あ!アル先輩、オレこの男の声知ってます!ADELAの治癒能力持ちの無愛想な男!」
それを聞くとアルフレードは「あぁ、例の彼ね」と少し悩んだあと、じゃあ彼は放置でいいんじゃないかな?と呟いた。
「彼自身に殺傷能力があるわけじゃないなら、3人で女のヴァリスを先に殺っちゃおう」
その提案にフレイは確かに、と思った。殺傷能力がない敵なら孤立させてから3人で挟み撃ちにすればいい。敵ヴァリス2人が合流する前に、バラバラな今のうちに片方を仕留めるのが吉だ。
「それじゃあ、右に行きましょう!セツキ、オレたちが行く方角に女のヴァリスが1人、挟み撃ちにするよ」
セツキはその無線に「了解」と短く返事を返した。
【月の刻-教会周辺-】
セツキはフレイとアルフレードの指示通り、銃を構え敵を待ち続けていた。
建物の上では上空から丸見えのため、中へ入り最上階から敵を狙う。木でできたこの家屋はすこしボロボロだが、身を潜めるには丁度いい。
スコープを覗くと幻のような赤。
血を吸ったような月は、光を反射し、空一面を真紅に染め上げていた。
海、そして地表までが薄く色付き、国全体が血を浴びたような、そんな気がする。
「...しばらくフレイ達から無線もこない。...通信範囲を外れたか?」
フレイとアルフレードからしばらく無線がないことを不思議がり、通信機をコツンと叩いてみる。
コツン、コツン。
カラン。
何かが足に転がる音。
それは、小瓶。床に転がったそれからとぷんとぷんと液体が流れ出ている。強く吹き流れる風のおかげか臭いはそこまでしない。
すこし思考に気を取られていたが、セツキはぞわりと殺気を感じた。
この狭い室内で己の武器はなんの役にも立たないだろう。護身用のナイフへ手をかけ、タイミングをみる。
3、2、1。
振り向くと同時にセツキのピアスがきらりと光り、刃と刃がかち合う音が響く。
「なぜお前がここに...!」
そこには同じく護身用のナイフを手にしたフェンリルの姿があった。
【視点:セツキ】
しばらく睨み合ったあと、ヴァリスの男と距離をとる。
「貴様もナイフを持っているとはな」
フェンリルはナイフを持ち直すと、腰から拳銃を取り出し、ガチャ、とセツキへ向けた。
「まあ関係ないが」
慣れた手つきでセーフティを解除する、その流れるような動作から目を離すことができず、セツキは 己のライフルを構えられずにいた。
カラン。
フェンリルは懐からそこそこの大きさの瓶を取りだし、栓を抜くとその液体を床に撒いた。
鼻にツンとくる、誰もが嗅いだことがある不快感を煽るあの臭い。
「...まさか、ガソリン...?」
そう悟ったと同時に、考える。
拳銃ではガソリンに引火させることは出来ないはず。ある程度の大気濃度にするか、なんらかの媒体を使わないと、ガソリンに引火はできない。
だが、いや、今日のような特殊な条件が揃えば、普段の常識など赤子の戯言と同じだ。
無線機をいじる。フレイたちには繋がらない。
くそ...っ!
「この狭い室内じゃ、ガソリンに引火させた所でお前も道連れだぞ!」
セツキの脅しに、フェンリルは怯まずに、拳銃を構えたまま応えた。
「そんなこと知っている。貴様は軍人の割に当たり前のことを口にするんだな。我々ヴァリスを馬や鹿と同類と定義しているのか」
バンッ!
フェンリルが銃の引き金を引く。
だがその銃弾はセツキに当たらず、いや、そもそもセツキに当てる気がないのか。その後も"わざと"自身の真横にある壁を数発撃ち抜いた。
「随分と下手くそだな。お前、センスないぞ」
これはチャンスだ。どうやら相手はそこまで銃の腕が良いわけでは無いようだし、これは僕にも勝ち目がある。
最悪この護身用のナイフでやり合えばいい。
僕は決してヴァリスに臆さない。月に誓って。
兄の、兄を殺したヴァリスを僕は赦さない。
彼らの血でレッドカーペットを作り、その上で手を繋いで踊ろう。
軽やかなステップと華麗なターンを僕が教えてあげるから。
セツキはぎゅっと、ナイフを握り直す。
「はぁ〜い!真打登場〜っと!」
刹那、頭上からけたたましい破壊音と共に青緑色の炎が視界を覆った。
【月の刻-教会周辺-】
セツキは怯んだ。
なぜなら、自身の足元にはフェンリルが撒いた大量のガソリン。引火されれば、この古ぼけた家屋はあっという間に崩壊する。
そんなセツキの思考を読んでか、炎は瞬く間にガソリンへ引火した。
「あつっ...!」
窓の周りへも炎が燃え上がり、セツキは炎に囲まれた。
この炎はまさか。
「やっほ〜!久しぶりだな、元気してたかガキンチョ♩」
家屋の屋上からひょっこりと顔を出すのは白銀の髪が靡くヴァリス。ヴェロニカだ。
「お前...!アレクさんの仇!!!」
セツキはライフルを構える。だが、燃え盛る炎が焦点を合わせさせてくれない。
炎がさらに強くなる。己の肌をじりじりと焦がす。
「いや、この建物に火をつけたら、お前の仲間もただでは...」
セツキはフェンリルの方を見たが、そこにその姿はなく、壁に空いた大きな穴がその存在を主張していた。
「まさか、先程の銃弾はわざとはずした...!?」
フェンリルはヴェロニカガソリンへ引火するすこし前に己で打った銃弾で脆くなった壁を蹴り破り家屋から脱出していた。
「くそっ...ふざけるな!!そもそも、お前らがここに居るということは、フレイと先輩が殺られたってことか!?」
そのセツキの問をヴェロニカは笑い飛ばした。
「馬鹿だな〜。そもそも、わたしらはここをずっと離れちゃ居ないんだよ」
「!?」
「右と左、バラバラに声が聞こえたからわたしらが別れて行動したと思ったんだろ?違う違う!音の屈折って知ってるか?」
ヴェロニカは笑いながら続ける。
「こう不均等に家屋が並ぶ場所じゃ、音だって屈折する。あとはまあフェンリルの指示に従って小芝居をうったって訳。ガキンチョには少し難しいかな〜!」
よっと、とヴェロニカは隣の家屋の屋根へ移る。
「じきにお仲間さんが消火に来るかもな!まー生きてたらまた遊んでやるよ!生きてたらなー!!」
遠くなるヴェロニカの声に、反論をしようにもセツキの肺は煙で満ちていた。
ゲホッ、ゲホッ。
咳き込む、四方八方を炎に囲まれ、逃げ道がない。くそっ、僕はこんなところで、死んじゃいけないのに。
ジー、ジー。
「...キ、セツキ!そっちの状況は!」
無線が繋がる。フレイが慌てた様子で状況確認を行う。
「次は僕を連れていくの?...気まぐれだなぁ君は」
「どうしたの、状況説明を求むよ」
「セツキ!セツキ!!こっちにヴァリスは居なかった!もしかしたら、」
フレイの声を遮ってセツキは話す。
「ゲホッ、フレイ、頼む。兄さんの、僕の兄さんの死の原因を突き止めて欲しいんだ。僕はもう兄さんのところへ行かなきゃいけない」
「セツキ、なにを」
「頼んだよ、相棒。ありがとう、楽しかった」
瞬間、無線が途絶える。途絶えたのではなく、セツキが切ったのだ。その先でいくらフレイがセツキの名前を唱えようと、セツキの耳にその声は入らない。
「月よ、どうか我々を勝利に導いて。...僕の死に、きっと意味がありますように」
セツキの月のカケラが砕けた。
【月の刻-教会周辺-】
「任務完了〜っと、あいつ、ありゃ間に合わないよ」
フェンリルに合流したヴェロニカは灰を落としながら呟く。
それを横目に見たフェンリルは無言でヴェロニカの手をひいた。
「おっと、セクレタリーさんは随分と積極的だね」
「ふざけるな。その手、少し怪我をしているだろ。治すだけだ」
「あはは、なんでもお見通しか〜」とヴェロニカは笑う。
「お前の肌は白いからな。傷が残れば目立つだろ。これくらいの傷ならすぐに言え、そうしてもらわなければ俺の存在価値が無いからな」
はいはい、と返事をするヴェロニカと、無言で治癒をするフェンリル。
風が2人の背中をそっと押すように吹いた。
さぁ、ボスの命令を果たそうか。
シナリオ▶︎小林キラ
スチル▶︎小林キラ