【月の刻-歌劇場-】

 

月のカケラが壊れてしまったオリビアをレイモンドは軽々と持ち上げ、舞台横へと移動させようとする。

 

バタン!

 

2階の観覧席の入口が大きな音を立て、人影が2つ。そこから現れたのはフェンリルとヴェロニカだった。

 

フェンリルは、目の前に倒れ込むアルを見ると急いでしゃがみ混み状態を確認した。

 

「お前、また無茶をしたのか」

 

手袋を外し、月のカケラの能力でアルの切れたアキレス腱を治す。集中しているのか舞台には目も向けていない。

 

対してヴェロニカはと言うと、舞台上から目を離せずにいた。一瞬大きく目を見開いたあと、眉をぐっと下げた。

 

「...」

 

その目線の先には胸元を赤く染めたオリビアを抱き上げるレイモンド。

 

オリビアの亡骸、レイモンド、そのどちらに放たれた言葉かはわからないが、ヴェロニカは無音の言葉を連ねた。

 

それは誰に聞かせるつもりもない独り言。

 

その様子に気づいたフェンリルも治癒を途中で辞め、舞台上を見る。彼もまた沈黙を重ねたが、すぐにまたアルの治療を続けた。

 

レイモンドは、オリビアを舞台袖へそっと降ろす。優しく、無垢な幼子を扱うように。

 

「早く出てこないか、ジェルモン」

「あれ、いつから気付いてたの?」

 

にっこりと笑うアルフレードは名前を呼ばれ、オリビアを降ろした逆の舞台袖からひょっこりと顔を出す。

 

「只見さんのところへ応援にいくよう頼んだはずだが」

「でも、外には誰もいなかった。だからここへ来たんだよ、レイ」

「...そうか。いや、今はそんなことを話している場合ではないな。...ところで、クロフォードはどこへいった」

 

アルフレードはその質問に少し考え込んだあと、フレイが傍にいない事に気づいた。

 

「あれ、ついさっきまで、おれの後ろを歩いていたはずなのに...?」

 

瞬間、レイモンドは嫌な予感がした。背中をぞわりと何かが駆け上がったような寒気、そして人ではない何かに背中をじっと見つめられているような感覚。

 

振り返る。勿論そこには何もいない。風でなびいた緞帳があるだけだった。

 

「...!ジェルモン、教会だ、教会へいくぞ」

 

その言葉にアルフレードは目を見開き、確信の表情をする。あぁ、きっと、彼は。

こういう場面でのレイモンドとアルフレードの嫌な予感はだいたい、いや、かなりの確率で当たるのだ。

 

レイモンド達は歌劇場を後にしようと、足を踏み出した瞬間、再びバタン!と大きな音をたて、2階観覧席へ新たな影、ミザリーとラブが現れた。

 

「リル、これはいったい...」

「話は後です、ラブさん。ターゲットは中央教会へ行きます。我々もあとを追いかけましょう」

 

フェンリルはアルの治療を追え、自身の手袋をぎゅっとはめ直す。その間にレイモンドは歌劇場を後にし、舞台上へ残るのはアルフレードだけになった。

 

「しかし...足止めをしたいようだ。人数ではこちらが有利。ラブさんは華翠の隊長を追ってください。...アル、お前はどっちに行きたい」

 

こういう時、アルはだいたい人の言うことをきかない。猫のように自由な彼女は自分の意志の赴くままに動くのだ。もちろんフェンリルもそれをわかっているため、わざわざ指示を出したりなどしない。

 

アルは「...!もちろん!隊長さんのほうでしょ!」と目を輝かせた。

 

フェンリルはその回答を予知していたかのように特に驚きも怒りもせず、ただ頷くだけだった。

 

「わかった。なら外に出た人間はラブさんとアルで追いかけろ。あとの3人でここをなんとかする。分かったな」

 

その言葉にそれぞれの返事をし、ラブとアルは歌劇場を後にした。

 

「さて、奴の能力は既にお前たちに教えていたはずだ。例の物はまだ持っているか」

 

ヴェロニカとミザリーは徐に"耳栓"を取り出した。

 

「聞こえなければ、大したことはない。ここを片付けて早くラブさんたちに追いつくぞ。その前に、ミザリー、お前は治療をしてからだ」

 

まるで円舞曲歌手のようにライトを全身に浴びるアルフレードが、舞台の真ん中から3人を見つめていた。

 

【-月の刻-歌劇場】

 

ヴェロニカ、ミザリー、フェンリルの3人は耳栓をつける。そうすれば、未来まで支配されたようなあの感覚にはなりはしないのだから。

 

「ふふふ、困ったねぇ。耳栓をつけられちゃ、オレの歌を聞かせられないじゃないか」

 

困った、と言いながらもアルフレードはニコニコと笑っている。この状況を楽しんでいるのだ。

 

ADELAは、事前に何人かの幹部たちの能力の詳細を入手していた。...どこで?それは、特定しきれない様々な場面で。ヴァリスはいつだって、貴方の背後にいるのだから。

 

目線を交わす。それを合図にヴェロニカとミザリーが1階へ飛び降り、舞台上へ駆け登り攻撃をしかける。

アルフレードは踊るように、ステップを踏み、華麗に避ける。

 

ワン、ツー、スリー、アンドゥトロワ。

 

ミザリーの剣が、ヴェロニカの炎が、舞台上のアルフレードを右へ、左へと動かす。アルフレードが巨大鋏を思い切り振れば、ミザリーはすかさず距離をとった。

 

フェンリルはどうすることも出来ず、その様子をただ1階の観客席から眺めていた。

なんと、叙情的で、詩的。音が聞こえないのに、まるで歌劇場で譚詩曲を聴いているような、そんな美しさまであった。

緞帳がはらり、ひらりと揺れる度にフェンリルは思い出す。以前も来たことがあるのだ、この歌劇場に。

 

あの時はそう、あの子の代わりにあの子の祖父とオペラ鑑賞に来ていた。その時の演目は、なんだっけ、たしか、そう、「椿姫」。娼婦のヴィオレッタが恋人アルフレードの父の願いで身を引き、後に再会するというものだった。

...結局、再開しても結核で死んでしまうという悲しいラブストーリーだったが。

 

娼婦...嫌な響きだ。あの時は確かに感情を揺さぶったはずのあのステージは、今は血で華やかに飾られている。

 

そんな、フェンリルが苦い思い出を巡らせている間、ヴェロニカはアルフレードの足元を狙い攻撃する。

「よっと」それをよけたアルフレードへすかさずミザリーが剣を向け、それがアルフレードへ突き刺さるだろう、そのわずか数秒前。

 

アルフレードは、最愛のものをみるような眼差しをした。

 

【視点-アルフレード-】

 

あぁ、美しい、美しいよ。

 

舞台上で光を浴びるオレ。

 

ヴァリスの注目がオレ1つに集まって、今じゃライトもオレが独り占め。

 

美しい。ヴァリスのその自分たちのためなら人間を殺せるところ、血を吸えるところ。全て美しい。

 

生きたいワケでもなく、死にたいワケでもない、こんな中途半端なオレが、よくここまで生きてこれたよね。あはは。

 

ミザリーのその一撃は急所をはずし、アルフレードの脇腹を突き刺した。

 

「ごほ、...」

アルフレードは、自身の脇腹へ刺さったミザリーの愛剣をぎゅっと握った。自身の手が赤く色付く。昔の小さなあの時の手みたいに。

抜けば大量出血で死ぬ。抜かなくても助けが来なければじきに死ぬ。

 

あつい。熱いなぁ。

 

せめて、狙うなら、首にしてよね。

 

歪んだオレは、苦しみながら死ぬことしか選択できないのかな、なんてね。

 

【視点:ヴェロニカ】

 

ヴェロニカは思い出していた。フェンリルとおなじくヴェロニカもここの劇場に来たことがあるのだ。それはいつのことだったか。そう、彼女と来たことがある。

 

あの日の演目、なんだったけなぁ...。

 

走馬灯のように、ゆったりと動く世界の中で記憶を遡る。

 

『椿姫』だ。最悪な終わり方だったことだけはよーく覚えてるよ。なんで愛し合った恋人が死別しちまうんだろうなぁ。ほんとうに、最悪だ。

 

ミザリーの愛剣をぎゅっと握りながら倒れ込むアルフレードをじっとながめた。自分だけスローモーションみたいに時が流れ、様々な思考が渦を巻いては消えていく。

頭の中では椿姫の劇中歌、乾杯の歌が鳴り響いた。

 

陽気で、軽やかで、誰もが聞いたことがあるあの曲が、目の前の現状を酷く明るく飾り立てた。

 

乾杯の歌。...そうだ、あの時、あの男と、乾杯、したっけ。

...させなかったよ。いや、したくなかった。

する気なんてなかったんだ。

 

わたしはずっと、曖昧なまま、渦巻いて、椿が落ちるみたいに、あの男を____。

 

【月の刻-歌劇場-】

 

「まて!!!!!」

 

フェンリルは恐らく今までの人生で1番大きいであろう声を張り上げた。

 

ミザリーはアルフレードが握っている剣から手を離し、ヴェロニカはすかさずアルフレードの顔の前へ炎を泳がせ牽制した。

 

「ふふふ、そんなに大きな声を張り上げてどうしたのかな」

 

アルフレードは隙あり、と膝をつきながらも鋏を構えた。が、バンッ!という音と共にフェンリルが銃から放った鉛玉がアルフレードの右手へ穴を開けた。鋏ががたん!と床へひれ伏す。

 

フェンリルは自身の耳栓を外して、アルフレードへと近づいた。

それをミザリーとヴェロニカは驚きと困惑の表情で見つめる。

 

「1つ質問がある。俺の目を見ろ」

アルフレードは自身の右手に空いた穴をじっと見つめながら笑う。

 

「ふふふ、オレはそこまで君たちヴァリスのことは嫌いじゃないよ。美しいとさえ思っているさ」

 

「俺は貴様らのことなどどうでもいい。おれは...いや、今は聞いた事だけに応えろ」

 

フェンリルはミザリーとヴェロニカには聞こえないその声で、なにかをアルフレードに聞いた。

 

アルフレードは何も応えず、ただ笑っていた。

 

「うふ、うふふ、惨めだなぁ。もうなにも怖くはないよ。最後までオレは惨めなままだった。...ごほ、ほら、早く、トドメを指しなよ」

 

フェンリルはなにかを悟ったように、ミザリーとヴェロニカに指示を出した。

 

【月の刻-教会 最上階の部屋にて-】

 

「お兄さん、来てくれたんだね!待ってたよ!それで?お兄さんの選択は?人間のお兄さんはどんな選択をしたの?」

 

真っ赤な髪の小さな子供は、ハツラツと言葉を連ねた。

 

「今回の月の子たちは、どんな選択をするのかな!前回はどうだったっけ...?うーんあんまり思い出せないや」

 

子供はクルクルと回る。ラララ〜、と聞いたことのない歌を口ずさみながら。

 

「約束は守る。俺が、俺が君の元へ行けば、みんなは助かる。そうなんでしょ?」

 

男は震える拳を隠しながら、子供の目を見つめた。

 

「だからそう言ってるじゃない。お兄さん、そうだ、お兄さんってのもあれだし、名前を教えてよ!あ、名乗る時は自分からだね」

 

子供は男の前に立つと、あどけない表情でこう話した。

 

「僕はアヴァテア。月は僕で僕は月。僕こそが君たちの讃え崇める月の神さ」

金色に輝く瞳が、キラリと輝くのと同時に、男の心臓はぎゅっと握りつぶされたかの様に傷んだ。

 

「...フレイ。フレイ・デュ・クロフォード。約束の時間までまだもう少しあるはずだよ。ねぇ、神様なら、教えてよ。この世界の全部を、兄さんの真実を」

 

それを聞いたアヴァテアは「もちろん!」と笑い、フレイの望むものを全てを話すのだった。

 

【月の刻-中央教会 敷地内にて-】

 

レイモンドは、歌劇場を後に走った。

 

走って、走って、走って。最悪が訪れないようにと何度も月に願って。そうして、教会敷地内でフレイの姿を探した。

 

「はぁ、足が早いね、でももう追いついたよ!さっきの続きといこうじゃん!」

 

そのすぐ後ろを走るアル。息を整えながらピョンピョンと跳ね、キョロキョロと辺りを見回すレイモンドを挑発した。

後に出たはずの2人がなぜこうも正確にレイモンドの位置を特定できたのか。それはラブの能力を使えば、場所の特定など歩くことより容易だからだ。

 

「今は貴方たちに構っている暇が無いんだ。また足を切られたいのかな」

 

少しイラついたような、焦ったようなレイモンドの声。

 

「でも今はラブもいるし。ここで隊長さんやっちゃえば、僕らの勝ちはほぼ確定ってことでしょ!勝つことの意味はよくわかんないけど!」

 

「楽しければなんでもいいや」と話すアルにラブは「...大いなる、大義のために」と神父らしいといえば神父らしい言葉を重ねた。

 

「...あのお嬢さんも、ニーナといったかな、あのヴァリスも死ぬ時は泣いていた。泣くほど死が恐ろしいのならば早々に戦場から逃げるべきだ。君たちもね」

 

そのレイモンドのセリフに、アルの眉がぴくりと動いた。

 

「...ニーナをやったのは隊長さん、なんだね。ふーん...そっか」

 

アルが杖を大きく振る。それはレイモンドに当たらず空振り宙を切った。ラブは後方から自身の銃にてレイモンドを攻撃をする。

 

キィン!

 

レイモンドの刀が玉を弾く。

 

「ほんとうに、時間が無いんだ。...俺は仲間を救いたい。隊長として、...俺自身の意思も含め」

 

それにアルは「あはは!」と笑うと「ニーナとオリビアを救えなかった僕たちへの嫌味かな!別に痛くも痒くもないけどね!」と杖を大きく地面へ叩きつけた。

 

メキメキ!と茨が生成される。それが、レイモンドの右足をがっちりと捉えた。

 

「ぐ...」足を無理に動かそうにも、レイモンドの足からはたらりと血が流れるだけでビクともしなかった。

アルが、ラブが、レイモンドへ1歩ずつ近づき、距離をつめる。

 

水面の振動が聞こえるかのような静粛。

 

すると、遠くから「おまえら!任務変更だ!!」というヴェロニカの声が響いた。

 

「フレイっつう華翠のガキがいただろ!そいつを殺せ!じゃなきゃわたしらが死ぬぞ!」

 

アルはそのセリフに、頭にハテナマークを浮かべた。それもそのはず、意味がわからない。

 

その声を聞いたレイモンドはまずい!と額に汗を浮かべた。が、地面から生えがっしりとまとわりついた茨が右脚を放してはくれなかった。

 

「なんかよくわかんねーけど、そのフレイっつうガキを殺さなきゃ、わたしらみんな死んじまうらしい!とにかくそのフレイを探せ!教会の中にいんだろ!」

 

ラブはそれを聞き、教会の中へと走り出した。ミザリーとヴェロニカもそれに続き、アルだけがこの場に残った。

 

「お嬢さんは行かなくていいのかな」

「えー、だってあっちにいくより、こっちに残った方が楽しそうだし!隊長さんだって1人じゃ寂しいでしょ」

「死ぬのが怖くないのか」

「んー、怖いかどうかというより、楽しくはないよね。でも、ニーナたちの仇が目の前にいるなら、"ついで"に敵討ちをしたほうが楽しそう、そう思わない?」

「...」

「なんだよ、だんまり?つまんないなー。僕は、ADELAがどうかとか、ヴァリスがどうかとか、人間がどうかとか。そういうの、あんまり気にしてないから」

 

アルは自身の杖を両手で持ち、構えた。

 

「僕は僕が楽しいことをするだけ。今は、戦闘が1番楽しいこと、って認識した!あはは!さぁ、やろうよ隊長さん!」

 

レイモンドの右脚を拘束していた茨がとかれる。レイモンドはすかさず刀を構え、アルを見やる。

 

目の前にいる狂気的なまでに己の"楽しさ"を求めるそれに少し恐怖まで抱くのだった。

 

【月の刻-教会 最上階の部屋にて-】

 

「__________。つまり、こういうこと?わかった?」

 

アヴァテアは、フレイが望むもの全てを話した。

 

大好きな兄の本当の死因。

月のカケラとは。

世界とは。

月とは。

 

その全てをアヴァテアは、詩的に、それでいて飽きない譚詩曲風に聞かせた。

 

この世界は、アヴァテアが作ったもの。

そして、アヴァテアは無限のときを過ごしながら、数百年に1度、この世界へ顔をだす。赤い満月として。それが契約だということ。

その度に、人間が、ヴァリスが、本当に生きる価値のある種族か、判断しているということ。

 

-ヴァリスという種族を作ったのは自分だということ。-

 

「君は、月を恨むかい?復讐するかい?この僕に」

 

アヴァテアは冷ややかな目で、真っ直ぐとフレイをみる。

 

「前の彼は...そうだ、思い出した!うだうだと悩んで仲間もろとも死んで行ったよ。その前の彼女は判断が早かった。すぐに僕の元へ来てくれたよ」

 

幼子は嬉しそうにニコニコと話す。

 

「まだ僕の言うことが信じられない?ならもう1度話してあげよう。この世の理と、月のカケラという異質を取り込んだ君たちの末路を」

 

 

"月のカケラを使用した者は必ず死ぬ。

これは、当たり前のこの世の摂理。

本来その種族が得るべき力以上の人智を超えた力を手にするには必ず代償が必要なのだ。

今日、アヴァテアが干渉できる赤い満月の夜、日が変わるまでに、アヴァテアが選んだ月の子が選択する。

『自分1人がアヴァテアのもとへ還り、ほかのカケラを嵌め込んだ者たちを助けるか』

『自分、仲間もろとも全員アヴァテアのもとへ還るか』

 これは何度も続く悲しみの輪廻であり、アヴァテアにとっては長い時を過ごすための暇つぶしのようなもの。

何度も何度も。お気に入りの月の子を1人選んでは選択させる。

人間の、ヴァリスの死が迫った時の表情、思想、行動、決断。その全てをアヴァテアが審判する。

そしてこの輪廻は続いていく"

 

「僕だって、君たちのことが大好きだよ。だからこそ、君たちが醜い争いを繰り返し、恨み、復讐し、また涙を流す。その輪廻をみていた。僕がこの世界を作った償いだと思ってね」

 

フレイは、瞳から零れる雫で頬を濡らした。手をぎゅっとにぎる。震えている。

それは今から自分が死ぬからか、この目の前にいる幼子に、人間でないそれにひどく恐怖しているからか。

 

時計台をみる。時刻はもうすぐ24:00。

 

「...これが、最善だったんだ。俺が犠牲になれば、皆は、助かる。もうこれしか選択肢は無かった。これ以上仲間が死ぬのは耐えられない」

 

アヴァテアは震えながら絞り出したフレイのその言葉に「うんうん!」と嬉しそうに相槌をうった。

 

「最善かどうかはお兄さんが決めることだから!お兄さんが最善だと思うならそうかも知れないね」

 

真っ赤なお月様が、天高く登る。

血を塗ったようなその赤が、街を、人々を照らす。

フレイが流したその涙が反射し赤く色ついた。

 

目から血を流しているみたいだ。

「大丈夫、残った月の子たちは僕が良いようにしておくよ。少なくとも殺しはしない」

 

アヴァテアが、フレイへ手を差し出す。

フレイは震える手でそれを握り返す。

 

「少なくともお兄さんが僕を殺そうとかするおバカさんじゃなくて良かったよ。そしたら見損なっちゃうからね」

 

死を覚悟したフレイはもう何も話さない。

ただずっと、真っ直ぐと前だけを見る。

 

いいや、死ぬのではない。還るのだ。月へ。

 

外から複数人が階段を登る音が聞こえてくる。仲間か、敵か、音だけでは判断できない。

 

「さぁ、いこうか。月に還ろう」

 

「人間とヴァリスのその長い時に意味がありますように」

 

「...そうだね、今回の輪廻に名前をつけるとしたら、"月讐の譚詩曲"。うん、ぴったりだ」

 

カタン、時計台の針がひとつ動く。

 

「それじゃあまた、数百年後。次の輪廻で」

 

ゴーンゴーンゴーンゴーン。

教会の鐘が24:00を知らせた。

 

 

【月の刻-教会 最上階の部屋にて-】

 

バタン!

 

ヴェロニカは思い切りその扉を開いた。

 

しかし、その部屋には誰もおらず、真っ赤なお月様が部屋を照らすだけだった。

 

「ん...?あれ、なんでわたしらこんな所にいるんだっけ...?」

 

ヴェロニカは記憶を遡ろうと宙をみやるも、ひどい頭痛が襲うだけだった。後から続いて部屋に来たミザリーとラブもまた同じ表情をし、お互い顔をみやり、悩むのだった。

 

まるで、"月のカケラの記憶だけがすっぽりと抜け落ちたよう"で、思い出そうにも、どうにも思い出せない。

 

自分たちは、ADELAで、それで、あれ、なんでこんなにボロボロで、傷だらけなんだっけ_____?

 

窓の外を見る。雪が降ってきた。

 

赤い月の光を浴びて、しんしんと降り続いた。

 

まだ、雪なんて降る季節じゃないのに。

 

0に還ろう。

 

何も知らなかったあの頃へ。

 

日常へ戻ろう。

 

フレイひとり欠けた日常へ。

 

輪廻の繰り返しへ。

 


シナリオ▶︎小林キラ

スチル▶︎うぐいす/Rosa/一義的