ADELA内ホールにて--

 

「みんな無事にやっているかな」

ルアは席に座りながら空虚に向かってボソリと呟く。

「何を呑気なことを言っているんですか、ルアさん」

はあ、とため息をつくフェンリルにあはは、と笑い返す。

 

「だって俺たち以外みんな外にだすなんて、水臭いじゃないか、あ〜あ、俺も久しぶりに外に出て狩りをしたかったな〜」

飲み物の入ったコップをくるくると回しながら拗ねたような表情を浮かべるルアにフェンリルは眉間に皺を寄せた。

「あなたはあなたしかできないことを先にやってください。以前話していたあの件ですが、どうお考えですか。既に準備は進めています。後は人選といったところでしょうか」

 

ルアはう〜んと考えた後、そうだねえとコップを口元へ運んだ。

「もちろん考えてなかった!あはは、だってリルに任せておけば間違い無いだろう?」

フェンリルはその様子に特別驚く様子もなかった。が、少し呆れたような、諦めたような、そんな表情を浮かべる。おそらくこれがいつものやりとりなのだろう。

 

「全く

「それより!今日は誰と誰がペアだっけ?確か商業区にはあの二人だったね仲良くやってるかな〜」

 

両手で頬杖を付きながらルンルンといった鼻歌が聞こえそうな顔でルアが呟く。

フェンリルはルルリカでの仕事もあり既に重たくなった瞼をこじ開けるためにコーヒーを体に流し込むことに必死だった。


【商業区:繁華街にて--

 

「ちょっとちょっと〜対象者がなかなか出てこないじゃん!話が違うよ!」

建物の屋根の上に女性の影が二つ。夜風に靡く髪は月夜に羽ばたく蝶のようだ。

「ニカ〜僕もう飽きてきちゃったよ。そこらへんの適当な人間を狩って持っていったらだめ?」

退屈そうな表情を浮かべるアルにこちらもまた退屈そうに返す。

 

「だめだよ、今回はボスの指示だ、意味があるんだろう」

ちぇ〜つまんない!と駄々をこねるアルの声は繁華街の音にかき消された。

人、人、人。食糧としての狩りは幹部以外のものが基本は行なっている。二人は今,ボスとセクレタリーに特別任された狩りを行なっているのだ。

 

「だって今回はフェンリルが目的を達成するためなら多少のことは何してもいい!ってうからきたのに!さっきからず〜っとよくわかんない店から客が出てくるのを待ってるだけ!」

 

アルがもう耐えられない!と顔を顰めながらその場を動こうとした時。

「しっ。奴だ、姿、格好、情報と一致する。よし、行こうアル」

それを聞くと先ほどまで退屈そうだったアルもニヤリと口角を上げ杖を手に持った。

 

「そんじゃあ、作戦どーり、楽しむとしますか」

ニカは路地裏へアルは目印の建物へ、二匹の蝶が舞い降りた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

その男は酒を飲んではいたが意識はまだはっきりとしていた。

そろそろ家に帰らなければ家族が心配するな、などと独り言をぼやきながらしっかりとした足取りで帰路へ向かっていた。

 

「ぐす痛い、痛いよう

 

それは少女の泣き声。路地裏で一人うずくまって泣く少女の声だった。

男は職業柄その声を無視することができず、小走りで駆け寄った。

 

「大丈夫かい、お嬢さん、どこか痛いのかな?」

 

屈みながら声をかけるその男は医者だった。その声に安心したかのように泣きじゃくっていた少女は顔をあげ、か細い声で、ぽつり、ぽつりと言葉をつなげた。

 

「おじさん、ありがとう、あのね、あっちにね、妹もいるんだけど、妹もお腹が痛いみたいなの」

 

そういって少女は男の服の袖を引っ張りながら路地裏の奥を指差す。

「そうだったんだね、大丈夫だよ、おじさんは医者だからすぐに病院へ連れて行ってあげよう」

男は優しかった。そんな男は赤の他人の話す言葉を一切疑いもせず、完全に信じきっていた。

 

しばらく歩き、路地裏のかなり奥まできた。街灯も少なく、繁華街の煩さもはるか遠くなっている。

「妹さんはどこにいるのかな?かなり奥まできたけどそれに親御さんはどうしているのかな?」

その問いに少女は答えなかった。

 

「お嬢さん?」

 

男がかがみ込み、少女へ目線を合わせた時、少女は小さな声を絞り出した。

 

アル〜?アルどこに行っちゃったの〜?お医者さんのおじちゃんを連れてきたよ

 

 

「あはは!」

笑い声と共にカツン、と音が響き男の視界には荊が広がった。次に男が声を出すことはなく男の喉はアルの仕込み刀でかき切られた。

ぐしゃり。それともざくり、だろうか。静かな路地裏へ残されたのは少女の泣き声でも月明かりでも無かった。

 

「あ〜あ、もう少し苦しむ姿を見たかったな〜ねえ?お姉ちゃん?」

アルはクスクスと笑いながら少女へ話しかける。

「だあれがお姉ちゃんだ」

 

そういうヴェロニカの姿はもう元のものに戻っていた。

「いらなく時間をかけてきゃ〜!なんて叫ばれても困るからなあ、さっさとやっちまうに越したことはないだろ」

頭をかきながら注射器を準備する。ぷすり。

 

「それにしてもいや〜実に名演技だったね、グスグス〜助けてえ、おじちゃん〜!まさかニカにそんな特技があったなんて」

1本、2本、注射器の中が男の血液で満たされていく。

 

 

「あったりまえよ、ヴェロニカちゃんにできないことはないんです〜」

いくつかの言葉のラリーをしながら、複数本の血液を採取すると二人は立ち上がった。

「それよりこのおっさんどうする?死体処理もしろって指示だしアル、あんたがいらないなら私が持って帰ろうかな〜」

 

男の死体にもう興味がない様子でアルは繁華街の方向へ歩き出していた。

「いらなーい。もうミッションはクリアしたし、僕はちょっと遊びに行ってくる〜後はよろしく〜」

ヴェロニカの返事を聞く前にアルはその場から姿を消していた。その場に残された男の死体、血の匂い、一匹の蝶。

 

「はあ、後処理がめんどくさいんだよな〜まあいいや、久しぶりの活きのいい血肉、ありがたくいただくとしますか」

人で溢れる繁華街では一人の男が路地裏に消えたこともそこから帰ってこないことも、気にする者は一人もいなかった。

 

【スラム街ー夜ー】

 

少し、土と酒が混ざったような何とも言えない香りが夜風と共に漂う。道端に咲く雑草でさえもどこか茹だるげな表情で月を眺めている。

ここは商業エリアと貴族が住む一等区が隣接する小さなスラム街。ここにいるのは貧しい人間に限らず、そんな貧しい人間を狙う飢餓状態のヴァリスも少なくは無かった。

 

リヴィ、うまくできるかな

廃れた、街並みとも呼べないような、街灯のない夜道を歩いていく。

「大丈夫です、私たちが支えますから。それにしても相変わらずここは悲しみの匂いで溢れていますね

「にゃはは〜もうすぐでつくにゃ〜」

 

恐る恐る歩くオリビアをミザリーとニーナで囲んで歩く。性格が正反対そうな二人だが、割と面倒見が良い所は似ており、オリビアを気にかけながら進む。

「それに〜、正式にはこれが初任務、なんでしょ〜?アタシたちに任せておけば大丈夫だにゃ〜」

そう、オリビアはここ最近幹部になったばかりで、幹部として行う任務はこれが初めてである。

 

「フェンリルさんが難しい任務ではない、と仰っていましたし、あまり緊張しなくても大丈夫ですよ」

ミザリーが優しくオリビアの頭を撫でる。少女の張っていた糸が少し緩んだように感じる。

「あ〜、あそこ、あそこだにゃ〜」

 

3人の目線の先には少し崩れかかっている、壁を大量のツタで覆われた廃墟があった。

今回は少し大きくなりつつあるノラグループをADELAへ勧誘する、という任務だ。

互いにデメリットよりもメリットのほうが多い交渉だ。相手側とて断る理由もないだろう。そう予想し、セクレタリーが新幹部の初任務に、と任命したのだ。

廃墟の入口らしき所から中へ入る。暗闇の中には地下へと続く階段があるのみで、生命の感知はできなかった。

 

「場所はここでいいはずですが...これは地下へこい、ということでしょうか」

「知らないにゃ〜とりあえず階段があるんだし、下ってみればいいにゃ〜」

「お、お姉さま...あの、リヴィの手をにぎってほしい......

 

小さな少女にその暗闇は怖かろう。オリビアがみせた反応は年齢相応のものだった。そっとオリビアが手を差し出した先にはニーナがいた。ニーナは拒むこともなく、むしろ嬉しそうに、優しく握り返した。

「仕方ないにゃ〜ほらいくよ」

 

仕方ない、などと言ってはいるもののその手は暖かかった。

「ならば私は足元を照らしますね」

 

 

そう言って持参していたカバンの中をがさごそと探し、ミザリーはランタンを手に取った。

階段を下った先には少し大きな、ホールのような空洞。ピトン。ピトン。天井を這う水滴が下へとおち、小さな水溜まりを作っている。

「ちょっと~誰かいないかにゃ~」

 

ニーナが少し大きな声で空虚へ声をかけた。その刹那。

 

キィィンッ!!

 

響いたのは鉛と鉛がぶつかり合う音。

ガタンッとミザリーの持っていたランタンが足元へ転がり落ちる。

 

「随分と、手荒な歓迎の仕方ですね。礼儀作法も知らないのですか」

そう話すミザリーは暗闇から伸びる小型のナイフと自身の能力で生成した小型ナイフとをかち合わせていた。

ニーナは銃を構え、オリビアの前へと立つ。

 

 

「ふ〜ん、馬鹿だにゃ〜あんたら、形成有利とか思ってるの〜?」

暗闇の中にはおそらくヴァリスが10数人。

「私たちはヴァリスです。ADELA。聞いたことがあるはずですが」

ミザリーのその言葉にノラ達は怯まずに答えた。

 

ADELA、知らない訳では無い。ここへ何しに来た」

顔ははっきりとは捉えられないが、リーダー格らしき男が淡々と話す。

 

「どうやら奇襲するような野蛮な奴らかと思いましたが、まともな会話は出来るようですね」

ミザリーは足元に落ちたランタンを拾いながらニーナたちの側へ寄る。

元はミザリーとオリビア、二人で向かうはずだったものだが、セクレタリーはこの自体も既に予想し、急遽ニーナを追加してこのメンバーで向かわせたのだ。口では簡単な任務と話してはいるが実際は少し過激派なノラの勧誘だった。

 

「ぺちゃぺちゃうるさい口だなぁ?女子供3人で俺らに勝とうってかぁ?」

少し暗闇に慣れてきた頃、リーダーとはまた違うノラの男がふらり、ふらりと3人へ近づいてきた。

「俺らは誰とも慣れ合わねぇ!天下のADELAともなぁ!!」

その言葉と共に複数人が一斉に3人へ襲いかかかった。

 

「や、やめて...!!」

オリビアが小さな悲鳴をあげると共に、『くまさん』が巨大化し男たちを跳ね返す。

「なっ!?」「くまがでかく!?」

 

3人以外の皆がその天井ぎりぎりまで大きくなったくまのぬいぐるみに声を上げた。

「にゃはは!楽しくなってきた!」

たちまち、ニーナが二丁拳銃を構え、数発。三日月を模した銃弾が男たちの腕すれすれをかする。わざと、ニーナが外したことに気づいた者はいただろうか。

 

「まて」

 

男のその一言で今にも紛争状態だったノラたちの動きがぴたりと止まる。

「女子供かと思ったが、お前たちかなりの手練とみた。話を聞きたい」

そう言うリーダー格らしき男は3人の前へ1歩、また1歩と歩いてきた。

 

「俺らはここらで小さなグループを作って食いつないでいる。スラム出身のやつらばっかりでな、少々荒っぽい真似をしてしまって済まない。俺はムジリ。奥の部屋で話を聞きたい」

一色触発の空気ではじまった勧誘任務。未だオリビアの緊張は溶けきれていないが、あの2人がいれば大丈夫だろう。

 

暗闇に包まれていた地下ホールに灯りが灯った。

 

ADELA内ホールにて--

 

「ただいま〜」

軽い足取りでホールへと戻ってきたのは、任務終わりのラブだ。

 

「し〜、お疲れ様ラブ。リルが今、眠りについたところなんだ。今日はこのまま寝かせてあげようと思ってね」

そこには先程まで書類整理をしていたのか、書類の山に突っ伏しながらスー、スー、と寝息をたてるフェンリルの姿があった。

「ありゃ、こりゃ珍しいこともあるね。皆はまだ任務中か...じゃあ俺はちょっとリルくんのお仕事を手伝っちゃおうかな〜」

 

そう言いながらぐい〜と伸びをするラブはルアとアイコンタクトをし、近場にあるタオルを持ってきて眠りこけている男へとかける。

「ラブが頑張るなら俺ももう少し頑張るか...

 

「ルアさん、飲み物入れますか?」

「あぁ、頼むよ」

こうして3人でテーブルを囲んでいる時が、ADELA1番仕事が進んでいるかもしれない。若干一名は居眠りをしているようだが、それを咎めるものはいなかった。

微笑ましい空気が流れながら、ほかのメンバーが帰ってくるまでこの光景はもう暫く続きそうだ。


シナリオ▶︎小林キラ

スチル▶︎うぐいす 小林キラ