彼女は朝の日差しで目が覚めることはなく、未だ眠り続けていた。

それはもう遡ること3日も前のことになる。

潜入任務を行なっていたロベリアがヴァリスの奇襲によって意識不明の重体を負ってからもう3日がたとうとしていたのだ。未だロベリアが目覚めることはなく、華翠には重苦しい空気が流れていた。

 

初の潜入任務がこんな形になってしまい、華翠はもちろん、帝国軍上層部にも緊張感が漂っていた。中でも特段気を病んでいたのは、潜入捜査のメンバーの人選を行ったレイモンドだった。

 

一人きりの部屋で沈黙が流れる。

コンコン。

その沈黙を破ったのは小さなノック音だった。

 

「レイモンドさん、コーヒーを淹れたのだけど。一緒に頂きませんか?」

扉を開けるとそこにいたのは心配そうな表情のアレクセーエフだった。

ああ、すまないご一緒しようかな」

 

隊長は皆を助け、皆を導くが、もしその隊長が下を向いてしまった時に助けられるのは、やはり副隊長なのだろう。信頼故の距離感が窺える。

少し重い空気のまま、二人は談話室へと向かうのだった。

 

【談話室にて】

談話室内にある四人掛けのテーブルに二人は向かい合わせに腰掛けた。

「そういえば、給湯室に食堂から支給されたスコーンがあったの。朝食はまだでしょう?一緒に食べましょう」

そういってアレクセーエフは給湯室へと向かった。

 

...

 

談話室に来てからもレイモンドの脳裏には重傷のロベリアのことがちらついて離れなかった。どうすれば、どうすれば良いのか。ペアでの行動を義務付け、バディ同士決して離れず行動するようにすればこんなことには。今更悔やんでも事実を変えることはできない。どうすれば、何か、方法はないのか。幹部の中に治癒が行える月のカケラの能力者はいない。帝国軍の医療を持ってしても良くならない。

藁にも縋りたいとはこのことを言うのだろう。ヴァリスに盛られた毒はヴァリスに聞くのが一番早い。レイモンドは華翠の隊長だが平和主義者でもある。平和に、これ以上負傷者を出さずに解決するには、どうすれば………

 

「もしもーし、拙のこと、見えてます?レイさん?」

突如現れた声にレイモンドはがばり、と顔を上げた。そこには先ほどまでアレクセーエフが座っていた席に腰掛ける唯がいた。

 

「やっとこっち見ましたね〜鬼の形相、でしたよ?」

 

唯は驚くレイモンドを気にもせず淡々と話し続ける。

 

「いや、忠見さんこそ、いつからそこにいや、気付けなくてすまなかった」

 

レイモンドは自分の顔をペタペタと触りながら唯へ謝罪の意を述べる。

 

「いいですよ〜拙も気にしてませんから」

 

気にしていない、と言う唯の顔をレイモンドはじっと見つめる。もし、自分が、忠見さんと二人で任務に行き、今回のような事態になったら

冬でもないのに体温がグッと下がる感覚を味わう。レイモンドは隊長としての責務を果たすようにと務めているし、上の命令は必ず守っているが、しかし、それが最善といえるのだろうか。

 

「あら見つめあってどうしたの?私、おじゃまかしらね」

 

また思考に身を委ね、考え込むところだった。アレクセーエフが持ってきたスコーンのその焼きたての香りでふっと我にかえる。

 

「いや、大丈夫だ。少し考え込んでいただけだ...

 

レイモンドは軽く謝罪をすると、いつも通りの表情へと戻った。

 

...そう。唯ちゃんの分も飲み物、持ってくるわね」

 

スコーンをテーブルへ置くとアレクセーエフはまた給湯室へと向かった。

 

華翠のメンバーはそれぞれマグカップがある。親から貰ったもの、部下から貰ったもの、皆様々である。ひとり仲間が減る度に棚の奥へ仕舞われるマグカップがまた1つ増える。

 

ロベリアのマグカップはしばらく使われていない。また、皆でテーブルを囲める日は来るのだろうか。

 

【同日-商業区:街中にて-

 

3人は街中の警備を行っていた。1人はお祭りモードの商店街を眺めながら、1人は少し緊張した表情で、1人は足に大きな重しをつけたような、そんな足取りで。

 

「もう飾り付けも終わってる、俺、久しぶりにここきたな〜」

 

フレイはウキウキとした表情で2人に会話のパスを渡していた。

 

「拙もそう思います〜こうも人が多いとヴァリスも隠れやすいですしね〜、気をつけないと」

 

「ね?」と唯が顔をしたから覗くように伺うと、アシェルは「あぁ、そうだな!被害を1件でも減らすのが俺らの目標だ!」と明るく答えた。

 

(ほんとうはここにいる3人の中で1番辛いはずなのに...)

 

フレイはそう思う気持ちをぐっと抑えた。本人が取り繕いだろうと、明るく振舞っているのにそこに水を刺すようなことはしてはならない。もしその水が心まで浸り凍ってしまってはもう元に戻ることは不可能に近い。

新人なりに気を使った結果なのだ。

 

ならば自分もいつも通りいなければならない。

 

「そういえば、朝、給湯室にスコーンがありましたよね、先輩たちは食べましたか?」

 

フレイは、「確かチョコ味とプレーンと、後なんだっけ...」と続ける。

 

「レーズン」

 

そう答えるのはニコリと笑う唯である。唯も今朝レイモンドとアレクセーエフと談話室でテーブルを囲んだ際に食べたのだろう。

 

「そうそう!レーズン!どれも美味しかったですよね〜。俺が食べた時は周りに人が居なかったんですけど、唯さんも食べたんですか?」

 

その質問に唯は、「まぁ、そんなところです〜」とやんわりと答えた。

 

そうして、チラリとアシェルの方を見るが、彼は彼でどこか集中できていないように見え、会話に入ってくる様子は無かった。

 

...き、今日は日中の街のパトロール、でしたもんね!日中とはいえこの人混み、なかなか油断出来ませんね」

 

フレイは話題を戻そうと、2人の方を向きながら歩きだす。後ろ向きで歩いたためか、ドンッと何かにぶつかった。

 

そこには買い物かごを手に持った少女が地べたに尻もちをついていた。

 

「ごめん、大丈夫、痛くなかった?」とフレイはかがみ、少女に目を合わせながら問いかける。

 

その少女は赤い髪をふたつに結んでおり、大丈夫?と言いながらペタペタ触るフレイに少し驚いているようだった。

 

「レディの体をそんなにペタペタ触るもんじゃありませんよ〜」

 

そう言うと唯はフレイの前に出てきて、大丈夫?と買い物かごから落ちた桃を拾い上げていた。

先程まで心ここに在らず、といった状態だったアシェルも少女へ声をかける。

 

「ウチのがすまなかったな」

バチン。

2人の目が合う。

「君...君、たしか、ルルリカの店員さんじゃないか!」

少女は困惑した表情を浮かべた。

 

【視点:フェンリル】

今日はマスターの知り合いの所へ桃を貰いに来ている。月灯祭が近いこともあり、街中は人、人、人。う...こんなにも人が多いと人に酔ってしまいそうだ。

籠には山盛りの桃。無事受け取ったことだし早々にルルリカへ戻ろう。この桃なら甘そうだし、桃のケーキがいいか、パフェもいいな。

 

俺は柄にもなく少し気持ちが弾んでいた。マスターの作る料理はどれも絶品だからな、試作が楽しみだ。

ふと、道端に寝転ぶ猫が気になった。可愛い。

もしあの猫が野良猫だったら、幸せなのだろうか。もし元は飼い猫で、捨てられてしまった、そんな猫だったら。今が自由で幸せならそれは幸せなのだろうか。

 

家猫であることが幸せだと言うつもりは無いが、飼い主に捨てられた猫は、果たして幸せになる事は出来るのだろうか。1度与えられた無償の愛を綺麗に忘れ、新たな生活を歩むことは出来るのだろうか。

...考えても意味の無いことを考えるのはやめよう。らしくない。

 

ドンッ!

 

何か大きなものがぶつかった感覚。ねこに気を取られていた。不覚。

俺はアーニャの姿だったため、その大きな衝撃に耐えることができず、後ろへドスッと尻もちを着いてしまった。

いてて.....。いけない、転んだ衝撃で落としてしまった桃を早く拾わなければ...。傷んでいないといいけど。

そう思いぱっと顔をあげるとそこには見なれた軍服姿の人影が3つ。

まずい、これは非常にまずい。

 

「ごめん、大丈夫?」

男は急いで俺に駆け寄ってきた。まずい、待て、ここでぼろを出す訳にはいかない、俺は軽く大丈夫です...と返事をしつつその場をたとうとした。

今日はなんなんだ本当に。俺はただ頼まれたお使いをこなして、可愛い猫を見てルルリカに帰る、それだけのはずだったのに。

「君、ルルリカの店員さんじゃないか!」

最悪だ、最悪すぎる。

 

もし神様が月ではなく太陽に居たとするならば、今、見ているだろうか。

 

今日の運勢は大凶だ。

 

【夕刻、商業地区:港にて】

月灯祭が近づくにつれ、港地区はよりいっそう賑わっていた。

外国から来た貨物船には野次馬が群がり、港付近にはさまざまな衣装に身を纏った人々の姿が多く見られる。見慣れない服装に聞きなれない言葉の数々。それだけ月灯祭は国を上げた一大イベントなのだ。

 

「ふふ、今日はやけに賑やかだね〜こうもお祭りモードだとお酒が飲みたくなっちゃうよ。アレク、一杯付き合ってよ」

そう、浮足だった声で話すのは少し着崩れた軍服に身を纏ったアルフレードだ。

「もう、今は勤務中なのよ、全く今日の夜間警備が終わったら付き合ってあげるわ」

 

仕方のない人ねとは言いつつ飲みの誘いに乗るのは軍服をきっちりと着こなすアレクセーエフだ。

対象的な軍服の着こなしに、整った二つの顔。手入れのされた二人の長い髪は周りの観光客よりも注目を集めていた。アルフレードの大きな武器が珍しいのか、小さな子供たちが「ハサミー!」と言いながら横を駆け行く。アルフレードはそれに「ふふ、ハサミだねえ」と答え、アレクセーエフが「危ないから走っちゃダメよ」と注意する。

 

「ふふふ、アレクは過保護だな〜子供は元気すぎるくらいがちょうどいいんだよ」

そういう彼の表情は微笑ましかったが、ガーネット色の瞳が冷ややかに夕日を眺めていた。その瞳の冷たさに港に身を潜める月血鬼たちは恐怖を覚えるのだった。

 

-商業区:港にて-

15時の方向、標的1匹。こちらで撃つわ、アルフレードさんは船内の残党をお願いできるかしら」

港はたった今、数匹のヴァリスの奇襲にあっていた。

どうやら油断しきっている観光客を狙った犯行。ターゲットは大型客船。

 

アレクセーエフは港近くの建物の影に潜み、船から逃げ出してくるヴァリスを銃にて撃つ。

その間も無線機にてアルフレードと連絡を取り合う。さすが副隊長といったところか。指示は的確、それでいて迅速。

「テステス〜こちら船内アルフレード。了解、おそらく船内には5.6匹が潜伏してるかと、ここは狭いからね〜俺の武器が使いにくい。できるだけ船の外へ逃げるように誘導するからあとはお願いできるかな。どうぞ〜」

 

バンッ!

 

その連絡を取り合う最中でもアレクセーエフは1匹、1匹と着実にヴァリスを撃つ。

「わかったわ。今、一般兵の皆さんが避難誘導をしています。人が居なくなれば私の能力も使いやすい。それまでは遠距離射撃で援護するわ。くれぐれも無理はしないように」

 

その言葉にアルフレードはくすりと笑った。

OK〜アレク、それじゃオレはこれから異能を使うから無線は切っといてね。アディオス」

いっつも無理をするのは副隊長さんの方なのにな〜。隊士のみんなへかける言葉全て、自分にも言えるって気づいてないのかな。彼女の努力を無下にしない為にもそんな事は絶対に言わないけど。

 

「さ〜て、それじゃあ真面目に働きますか」

アルフレードは無線のスイッチを切ると、シャツの第1ボタンをしめる。豪華客船のロビーを抜け細い連絡用通路へと進んだ。

 

【夕刻-豪華客船内にて-

「ふふふ、ちょっと大変なことになったね」

アルフレードは少し焦っていた。

船内に潜伏してるヴァリスは多く見ても数匹の見立てだったのだが、今の現状はどうだろうか。

客室から出てきた観光客。避難を促そうとしたらまさか、それが人間に化けたヴァリスだったなんて。しかも1匹や2匹の話ではない。今見えるだけで数十匹。

 

とっくの昔からこの客船内はヴァリスに占領されていたのだ。これではどれが本当の人間かなんてわからない____________________

 

だがアルフレードには問題ない。

向かってくる者を殺せばいいだけなのだから。

「うふふふふ、まぁ、オレからしたら数は大した問題じゃないんだよね。今日は喉の調子もいいから頑張っちゃおうかな〜」

アルフレードはよっこいしょ、と巨大ハサミを構えた。

「あぁ、美しい、美しいね!オレを殺そうとしているその顔さえも美しい!ヴァリスは実に美しい!...君たちはどんな歌が聞きたい?楽しい歌?悲しい歌?」

ヴァリスたちはそれに答えることはなく、一斉にアルフレードへと襲いかかった。

 

「まったく、お話が聞けない困った子たちだな〜仕方ない、悪い子には子守唄だね」

アルフレードが大きく息を吸う。目を瞑り、すっと口を開く。とても長く感じるそのわずか数秒。

『異端児たちよ なにを思い抗うのか 母の元へおかえりなさい 母はあなたを待っているわ』

途端、ヴァリスたちの動きが鈍る。

 

『運命に抗ってはいけないよ 母の元へおかえりなさい あなたを暖かく包み込んであげるわ』

 

アルフレードは歌い続けながら巨大ハサミで、1匹、1匹狩っていく。

 

『可愛い子 美しい子 どうしてなくの 母の元へおかえりなさい なぜなくの なぜ血を流すの』

 

それは心地よい歌声。安心感のある、安らぎの声。

 

『母の元へおかえりなさい』

 

アルフレードが歌を歌い終わる頃には地べたに転がるのはおよそ10数匹のヴァリスの死体。

 

血に濡れた刃を触ると、手には真っ赤な液体がベッタリとつく。

 

「うふふふ、どうだったかなオレの子守唄は。って死んでるから答えるわけないか。君たちには子守唄というよりレクイエムだったね」

 

歌姫が存在していたのなら、その歌声はきっと彼に似て似つかないものだろう。

 

「ああ、実に美しいよ」

 

それから数十分間船内には美しい歌声が響いた。

 

【夕刻ー港にてー】

ジジ

「アレク、聞こえるかな」

アルフレードが無線機を切ってから数十分。アレクセーエフが聞いた彼の声はひどく掠れていた。

 

「ちょっと頑張りすぎちゃったみたい、そろそろお休みしないとオレの精神の方が参ってしまいそうだよ。残党、約15匹かな、今船の外へ逃げ出したよ。あとは任せてもいいかな」

アレクセーエフはその声を聞き終わる前に既に建物の外へ 降り、船の前まで来ていた。

「当たり前よ。私は副隊長として、国民と部下を守る義務があるわ。もちろん、貴方もよアルフレードさん」

アルフレードは完敗だな〜と笑う。

 

「それじゃあオレはちょっと休むよ」

その言葉を聞くと、アレクセーエフは自らの拳銃を構える。

その姿は戦場に美しく咲く一輪の花のようで。

野次馬のように集まっていた人々が一瞬で静かになった。

 

「これ以上騒ぎを大きくはさせないわ。強く、美しく、靱やかに。舞いましょう」

アレクセーエフが歩き出した方向には10数匹のヴァリス。焦っているのか周りの様子が見えていない。彼女へ向かって一直線に逃げてくる。

 

 

「業火の中で苦しみなさい」

彼女は拳銃を振る。途端、切り裂かれたかのように空間が開き、目の前に広がるのは赤。赤、赤、赤。

彼女の髪色のような、美しい、赤。

「うぉぁ!あちぃ!?」

 

ヴァリスたちを取り囲むように瞬間的に現れた火の海。その中で強い意志を持った彼女だけが1人しっかりと歩む。

あっという間に残党ヴァリスたちは地に伏せた。

 

バンッ!

 

拳銃から玉が飛ぶ。

 

バンッ!

 

1匹、また1匹。確実に。

 

ザクッ!

 

最後の1匹の首に刃が刺さる。

殲滅完了。あまりにも美しい討伐だった。

...いやぁアレクはいつ見ても美しいね」

アルフレードはその様子を船の窓から見ていた。

 

【視点:アルフレード】

「かの有名なジャンヌ・ダルクが今実在していたらきっと彼女のような人なんだろうね。あぁ、実に美しいよ」

ほんとうに、美しい。そう言いながら足元へ目線を向ける。

「ヒィッ、や、やめてくれ、殺さないでくれ!!」

 

1匹のヴァリス。船に残った最後の1匹。

その首元にはオレの武器の刃があてがわれている。

「どうしようかな〜オレはアレクと違って優しくないからな〜君をどうしてしまおうか」

うふふふ、美しいな〜。その怯えた表情も、恐怖に染まった瞳も、君のその血を吸うために尖った牙も、尖った耳も、ぜんぶ、ぜんぶ美しい。

 

「ま、待ってくれ、俺の名前はガラク、商業区の花屋で働いている、つ、妻!妻がいて、娘が1人、ぺ、ペットは猫を飼っている!!娘と妻が家で待っているんだ!ここで死ねない!!」

つまらないな。つまらない。

君を君自身が理屈じみた言葉で説明したってなんにも美しくない。

 

「ふーん、そうなんだ」

男は恐怖から懇願する。まるで捨てられた野良猫が街ゆく人に助けを求めるように。

 

オレは大好きなんだよ。

 

「お、おれは、あ、AD_______」 

 

ザシュッ

 

その男の首がオレの巨大ハサミの刃で吹き飛んだ。

赤い血が床に広がる。人間もヴァリスも同じ、赤い血。うふふふ。

「可哀想に。相手がオレじゃなかったら生きて帰れたかも知れないのになぁ。運が悪かったねぇ。オレがヴァリスを前にして殺さないわけがないんだよね。ほら、だって君はこんなに」

 

 

「美しい」

 

オレは船をおりるため出口へ向かった。

夕日が沈む。先程までは居なかった月が顔を覗く。夜がくる。

 

 

【カフェ ルルリカ内にて-夕方-

「じゃあ俺は紅茶で頼むよ」

アシェル、フレイ、唯の3人はカフェ ルルリカにて仕事終わりのティータイムをしていた。

 

「オレはホットミルクで!桃の件もあるし...このパンケーキもお願いします!!」

フレイは昼間の桃の件を申し訳なく思っているのか、少し高めのパンケーキを頼んだ。

「拙は珈琲でお願いします〜お砂糖とミルクもお願いしますねぇ」

注文を全て記入すると少女__アーニャは「かしこまりました。暫くお待ちください」とカウンターへ姿を消した。

 

「アシェル様はなにか注文しなくて良かったんですかぁ?」

 

その質問にすぐに答えが帰ってくることはなかった。

3人は窓際の四人席に腰掛けている。そこからは街の賑やかな明るさが伺える。

アシェルはその色とりどりの光をぼーっとみていた。

 

「アシェルせんぱーい!」

その声にアシェルはハッと我に返り笑顔をつくる。

「あっ、ごめんフレイ。どうかした?」

「も〜!先に声をかけたのは拙ですぅ〜」

 

あはは、と3人の間で笑いがこぼれる。

フレイはアシェルのことを兄のように思っていたし、唯のことも良い先輩として信頼していた。この時間が好きだと思った。

 

すきだった。

 

顔を上げたフレイが見たのは1人の少女。おそらくフレイと同い年くらいの、黒い髪を1本にたばねた女の子。ルルリカの真横を通過し店内へ入ろうとしているのだろうか。

「唯先輩、アシェル先輩、自分で言うのもあれなんですけどオレ情報通なんですよね」

その言葉に2人は首を傾げた。そんなこと華翠に所属しているものなら誰しもが知る事実だろう。

 

「あの女のコ、もう死んでるはずです、親御さんがヴァリスに殺されたんだって、泣いて、それで、...詳しい話はあとです、行きましょう!!」

アシェルも唯もその言葉を疑わなかった。3人は武器を持ちルルリカを飛び出た。

ホットミルクを注いでいたアーニャは即座に事態を把握した。急いでエプロンを外すと、「ごめんマスター」と謝罪を述べた。

 

「急用ができた。あの3人しか今は客がいないだろう、彼らが戻ってくる時には俺も戻ってくる、しばらくフロアを頼んでもいいか」

マスターはその言葉に無言で頷いたあと、「怪我をするんじゃないよ」とだけ呟いた。

 

フェンリルはその言葉に無言で頷き、地下通路へと降りた。


シナリオ▶︎小林キラ

スチル▶︎脳髄 紫陽花 ゆう 草重 うぐいす 小林キラ