【帝国軍本部:とある一室】

 

爆発事件から約3日後の事である。

 

華翠幹部達は帝国軍本部へ集められていた。

それはアレクセーエフの追悼後すぐの事で、亡き副隊長の面影をしっかりとなぞることも出来ずにいた。

 

お世辞にも大きいとは言えない会議室に7人はバラバラに座った。

 

つい1ヶ月ほど前もこうして幹部全員が顔を合わせ会議を開いたのも随分懐かしく感じる。そういえばあの時はアレクセーエフが皆へそれぞれのマグカップにコーヒーをいれてくれていた。

 

そのアレクセーエフのマグカップは華翠本部が爆破された際に皆の物と一緒に粉々になってしまっただろう。

 

マグカップは直すことが出来るが、命を治すことなどできはしないのだ。

 

重苦しい空気が流れる。

 

その沈黙を破ったのはレイモンドだった。

 

...皆の気持ちはよく分かるよ。厳しいことを言うつもりは無いが、俺たちは軍人だ。命を張って戦った彼女を讃えるのが、今一番すべきじゃないのかな」

 

その言葉に1番苦い顔をしたのはセツキだった。だが、レイモンドが心無くそんな言葉を発していないことも、全員が分かっていた。

 

「本題に入ろう。月灯祭当日が明日に控えている。国全体が既にいつ祭り本番を迎えてもいいような状態だ」

 

「そこでこんな状況下だが、華翠は警備に出なければならない。慢性的な人手不足は解消せず、悪化する一方だが、甘えてはいられない」

 

レイモンドが紙を配ろうと左腕を伸ばそうとしたところ、座っていた唯がさっと左側に付き、手伝った。

 

レイモンドの左腕をみると、機械じみた義手がつけられており、動かすたびにぎちり、と音を立てる。こんな緊急事態ではゆっくりと休息をとることもできず、急遽義手を付けることにしたのだ。

 

この国の医療も昔よりは発達しており、義手と神経を繋げ、割と自由に動かすことができるようだ。だが、手術をしてまだ間もない新しい自分の1部。感覚を掴みきれていないのだろう、少し動かしにくそうにも感じる。唯は「いいですよぅ、このくらい拙がやるので」と4枚の紙を配った。

レイモンドはそれに「すまない」と軽く謝ったあと、再び皆へ声を向けた。

 

「爆破事件から日も浅い。国民の不安を減らせるよう務めるのが最善だ」

 

しかしその紙を貰っていない者が約3名。

セツキがすっと手を挙げた。

 

「僕と...フレイ、それとロベリアさんが紙を頂いていないのですが」

 

その発言にロベリアとフレイはコクコクと頷いた。

 

「君たちは、お留守番だよ」

「おるすばん、」

「そうだ、お留守番。幹部になってから歴が浅いクロフォードとまだ若いワーズワース。回復したばかりのヴェリルさんは今日はお留守番、してもらうよ」

 

セツキはむぅっとした顔を浮かべた。

 

「!レイさん、僕はもう大丈夫です!こんな状況だからこそ、率先してっ」

 

その言葉はレイモンドの鋭い眼差しで止められた。

 

「いいかい、お留守番だよ。3人はそれぞれ訓練施設で鍛錬すること。ヴェリルさんはとくにね」

 

「それと、明日からはもっと忙しくなる。仲間の死に際に立ち会うこともあるだろう。だからこそ君たちは今日一日は本部で、準備をするんだ。心と体のね」

 

ぐぐぐ...と渋そうな顔をしたセツキの隣でフレイは申し訳なさそうに小声で呟いた。

 

「それを言うなら、隊長の左腕だって...

 

言いかけたフレイは周りを見て、その言葉を喉に飲み込んだ。

 

それでは俺と忠見さん、ロックハートとジェルモンのペアで今日は任務を行う。君たちも無理はしないようにね」

 

レイモンドは残る3人のことも気にかけながら部屋を後にした。

 

ロベリアとフレイとセツキは少し残念そうに、仲間の背中を見送るのだった。

 

【帝国軍訓練施設内にて】

 

「久しぶりに来たな〜ここ」

 

フレイはぐい〜っと体を伸ばしながら呟いた。

 

そこは帝国軍本部内にある大きさにしてはほどほどな訓練施設。基礎トレーニングや筋力トレーニングをはじめ、帝国軍に入隊した兵士が最初に訓練を受ける施設である。一角にはプールもあり、帝国軍に入隊した最初の数ヶ月はここで地獄を見たものもいただろう。

 

「そ、そうですね、私も久しぶりに入りました!」

 

ロベリアも「ちょっと配置が変わったかな?」とキョロキョロしている。

 

「まあ確かに、僕は最後にここに来たのは14歳の時だから…5年くらい前になるかな」

そう答えるセツキもまた久しぶりに入った訓練施設に興味がないわけでは無いようだ。

 

「私は17歳くらい?の時だったかな!訓練学校で3年も頑張ったのに帝国軍に入隊してからさらにまた訓練期間があるだなんてちょっと驚いちゃったな!」

「オレも14歳くらいの時!確かに華翠に入ってからは能力を使っても大丈夫な華翠専用の訓練室があったからね〜」

 

3人は自分が訓練校に通っていた頃や帝国軍入隊当初の話をしながら体をほぐした。

 

「ところで!ロベリア先輩はもうほんとに大丈夫なんですか?随分と眠っていたしあんまり無理はしないでほしいっすよ!」

 

自身の武器を手に持ち早速体を動かそうとしていたロベリアに話しかけた。

 

「わ、私はもう大丈夫だよ!体もほら、この調子!」

 

ロベリアは自身の武器を軽々ともちあげ、「ほら!」と見せる。

 

「つ、月のカケラの能力も、大丈夫だよ。明日からは、私も頑張らなきゃだからね、た、頼りない先輩じゃいられないし...!」

 

そう話すロベリアは自身の体をペタペタと触る。それに...と続け「フレイくんたちだって、辛いことが沢山あったはず...!や、休む時は休まないとダメ...!」といつもフレイの手を温めているように、ぎゅっと握った。

 

ぎゅっと握った。

 

【教会近くの商業エリア-夕刻-

 

「どこもかしこも浮かれた人ばっかりだね」

 

アルが建物の屋根から街を眺め呟く。

 

「どこで人が死のうが倒れようが、大衆にとっちゃ大したことじゃないんだ」

 

そう話すアルの顔を風が撫ぜる。それは自然が共感の意を示しているのか、それとも。

 

「君にしちゃあ随分と感傷的な台詞だね、アル。それはニーナのことも入っているのかい?」

 

靡いた髪を払いながら、ラブが呟く。

 

「ん?まぁ、そうだね、悲しみの感情とかはおいておくとして、まあ、仇くらいならとってやってもいいかな」

 

「...へぇ、それじゃあ俺の時も仇、とってくれるの?」

 

すこし寂しそうな表情で、ラブは話す。

 

少しの間、そして、「ん〜」とアルは声を零し、ラブに背中を向けた。

 

「あんまり実感湧かないな。それに、考えたこともないや、そんな楽しくないこと」

 

ニーナがいなくなってからのADELAは、いつもの賑やかさが無くなったようで、しんみりとしていた。アルとラブはそれでも任務に行かなければならなかった。

 

「邪魔なヤツら、みんないなくなればいいのにね。そしたら楽しいことだけになるのに」

 

...そろそろ行こう。仕事はこなさなきゃ。ボスに見せる顔がないからね」

 

2人はそうしてどこかへと消えた。

明日は月灯祭当日だ。

 

【とあるおはなし】

 

12じ。

 

この前のこどもに会いに来ました。

 

「あの本の内容についてだけど」

 

こどもは笑ってはぐらかしました。

 

「僕が、もうすぐ、赤くなるよ」

 

ふふふ、とこどもは笑いました。

 

「君はただのこどもじゃないよね。何を知っているの?もし、この事が事実なら___

 

言葉をはなし切る前にこどもは声をかぶせました。

 

「じゃあ、お兄さんが、僕と一緒に来てくれるの?」

 

「なにを」

 

「僕は、お兄さんを、選んだんだ。だから、次はお兄さんが選ぶ番だよ。お兄さんは楽譜で言えば、五線譜なんだ。お兄さんが居なきゃ僕はお歌だって歌えない」

 

こどもはあどけない表情で再び、ふふふ!と笑いました。

 

「お兄さんは特別なんだよ。僕が選んだの」

 

「月の子があと14人。次はだれがお友達になってくれるのかな」

 

「羽根を持たない蝙蝠と力を持った人の子。どちらの月の子が早くお友達になるかな」

 

「嫌ならお兄さんが僕のお友達になるんだ」

 

「ふふふ!」

 

瞬きをした瞬間、こどもは姿を消しました。

 


シナリオ▶︎小林キラ

スチル▶︎小林キラ